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不登校は面白い人生の幕開けだ

虐待されている子は自分を責めてしまう【前編】

KIRI

今回インタビューをさせて頂いたのは、プロのダンサーとして活躍されているKIRIさん。その美しさと雰囲気からは、過去に暗い過去を持っていたということは考えられません。前半では不登校になる前のKIRIさんの複雑な家庭環境を伺いました。

ルネサンス高等学校

ー小学校の頃は学校に通えていた?

そうですね、地元の小学校は素直で良い子が多かったんですよ。

ただ、田舎で子どもが少ない地域だったので、同年代の子があまりいなく、近所で友達同士で遊ぶということが少なかった。

また、性格が大人しくお利口さんで評判な子供でした。

なので、大人の用事に一緒に連れて行っても、暴れたり我儘言って困らせることがなく、どこかに預ける必要がなかった。

なので、大人が集まる場にいることが多く、大人に囲まれて育ったんですよね。

その影響で子供らしからぬ言葉もよく使っていたみたいなんですが(笑) 大人といる方が楽になってしまったんですよね。

同年代との接し方が、あまりよくわからないところもあったんですが、小学校には素直な子たちが多かったので、多少のトラブルはありつつも大きないじめ等はなく不登校になることはありませんでした。

習い事も色々やっていて、幼稚園に入る前からダンスもやっていました。物心つく頃には踊っていたので、ダンスは自分と共にある感じでした。

苦しかった子ども時代も崩れずにいられたのはダンスのお陰なのかなと思っています。

言葉の代わりになる自己表現だったんので、そこで発散出来ていたんだと思います。

ー小学校に通えていたのに苦しかった?

私の場合、不登校になったきっかけは、学校で何かあっただけではなく、家庭の問題も複雑に絡まり合っていたんです。

うちは両親共に真面目で父親は大人しいタイプで、母親が優等生タイプという家庭でした。

更に、父方の祖父母が厳しい家だったので、母親は私が長女というのもあり、子育てのプレッシャーを感じ鬱を抱えているところがありました。

母親が何でも出来るタイプだったので、私は子どもの頃は不器用な性格だったということもあり、私に当たることが多かったんです。

ー母親がスパルタ教育だった?

はい。自分の気持ちをうまく言えない子だったんですけど、母親はそれにイライラし、私は怒られると萎縮して更に言葉がまた出なくなりました。

それで泣くことしか出来なく、更に母親を怒らせての悪循環を繰り返していました。今だったら虐待と言われていいくらい、叩く・蹴る・物が飛んでくるのスパルタでした。

外に締め出されることもしょっちゅうで、鍵も開けてもらえなかったこともありました。反省をしたら、取りあえずピンポンを押して反省を述べて、母に納得してもらえないと家に入れてもらえませんでした。

ーそれに対して父親はどのような対応を?

父は教師をしていて、優しい人だったんですが、外で頑張ってきてエネルギーを使い果たして帰ってくるタイプでした。

父も不器用な人だったので、子育てや家庭に本人は参加したくなかった訳ではなく、どうしたら良いかわからなかったんだと思います。

外に締め出されている時に「お父さん、助けて」と心の中で叫んだこともありましたが、夫婦間で子育てに関する解決が出来る関係が築けていなかったんだと思います。

ーその後、母親はの対応は変わった?

最終的には変わったんですが、結果的にお互いが変わるまでに10年以上かかったと思います。

母は大学時代に心理学を勉強していたので、基礎知識があった分、現状の親子関係に危機感を覚えたらしいんです。

「このままだと自分がこの子をダメにする」「このままだとこの子は将来不登校になる」と感じて、地元で有名な先生のところに学びに行くようになりました。

結局、不登校になったので間に合わなかったんですが(笑)

何度も自殺を考えた






「明けない夜はない」って言うじゃないですか?当時はその言葉さえも憎たらしかった。明けない夜なんてなくていいとさえ思っていました。

小学生の頃から、家を締め出されたり、何か思った時は自然とマンションの屋上に立っていました。

当時はリストカットも知らなかったので、屋上から何度も飛び降りようとしました。

屋上には「死にたい」「親に対しても死んで後悔させてやる」くらいの気持ちで向かうんですが、実際に死んだら親が悲しむのが心のどこかでわかっちゃうんですよね。

「親が悲しむということに気が付かなければ、このまま死ぬことが出来て楽になれるのに」と思う自分がいたんですよね。

なるべく迷惑を掛けない死に方をしても、死んだという事実がそもそも迷惑じゃないですか?

だから、空気みたいに最初からこの世にいなかったことになれば良いのに。自分を連れ去ってくれれば良いのにと、毎日思ってました。

虐待されている子は自分を責める

当時、虐待が社会問題になり始めた時期で、母がスタッフとして働いていた心理系の団体に取材の依頼がきたんです。

でも、なかなか話しても良いという人が現れなかったらしいんです。それで、母が「自分はスタッフだけど、当事者でもあるので話すことが出来ます」と言ったらしいんです。

母が取材を受けることになり、その流れで私も取材を受けることになりました。

当時、私は小学校高学年で保健体育の勉強を習い始めた時期でした。

その影響もあり、取材で「違う卵だったら良かった。お母さんは色んな勉強を頑張って生きているけど、違う子が生まれてきていたら、お母さんはこんなに苦労しなくてすんだのに」と言ったみたいです。

母とは同時に取材を受けたわけではなかったので、記者から送られてきたゲラを読んだ時に大号泣したらしいです。

自分は生まれてきたらダメな子だと子どもの頃からずっと思っていたました。生まれたことに対して罪悪感がずっとあったんです。

私は言ったことを実際に覚えていなかったんですが、それが正直な気持ちだと思うんですよね。

虐待されている子たちは、どんなに酷いことをされても自分が悪いんだって思うんです。

物心ついた頃から、親とは戦争状態だったのんですが、自殺を食い止めたのは、自分でも覚えてないくらい幼い時に時に大事にしてもらっていた記憶が残っていたんだと思います。

親のことを憎みきれない自分がいて、親も本当はどこかで愛してくれてるというのをわかっていていたんだと思います。






<KIRI>

幼少期よりダンスを始める。
専門学校への進学、NY短期留学を経て、モダン、バレエ、Jazz、Hip Hop、TAP、またミュージカルや芝居も学び幅広いジャンルを身に付ける。
上京後は舞台やダンスイベント、TV出演、バックダンサー等の経験を積み、所属するダンスチームで結婚式フラッシュモブや介護福祉施設への訪問等も行う。
現在はエンターテイメント系大手企業の仕事を主に、インストラクターやイベント出演等の活動も続けている。

ルネサンス高等学校



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