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不登校は面白い人生の幕開けだ

30年前の不登校 CWに助けられ今がある【前編】

江頭雅史

今回インタビューをさせて頂いたのは、生きづらさを抱える20~30代の人の笑顔を増やすための場所「くつろぎステーションつばさ」を運営されている江頭雅史さん。約30年前の不登校経験という貴重なお話を前半ではインタビューさせて頂きました。

ルネサンス高等学校

ー不登校になった時期は?

中学校2年生から卒業までです。

ー行かなくなったきっかけは?

いじめです。たまたま後ろの席に座っていた子にいじめのターゲットにされてしまいました。

後で聞いた話なんですが、いじめた子は親との関係が上手くいっていない子でした。

当時は言い返せるような状況でもなく、誰かが助けるといじめが連鎖する雰囲気だったので誰も助けてくれませんでした。

いじめで暴力を振るわれたので怪我をすることがありました。

頑張り屋の両親だったので、学校での出来事を伝えると「言い返せ。頑張って行け」と言われると思い、いじめに合っていることや、学校に行きたくないということを伝えることが出来ませんでした。

そのため、タンスの引き出しからこっそり保険証を抜いて、貯めていたお年玉で、親に見つからないように病院に行きました。

転んで怪我をしたと伝えてましたが、見たら先生はわかり、病院から中学校に連絡が入り「いじめ発覚」という流れになりました。

ー怪我以外に精神的な症状などはあった?

毎日、今日は暴力を振るわれないかと後ろを気にするようになりました。

その不安感が次第にエスカレートして他のことでも不安感を覚えるようになりました。

例えば天井の電気が落ちてくるんじゃないかとか、電気を消したかどうかなどの確認が酷くなったりしました。

後で聞いたんですが、今で言う強迫性障害になりました。

先生に「電気が落ちてくる」とそのまま伝えてしまったので、いじめた方ではなく、いじめられた僕の方が問題児だという扱いになりました。

ーその後、学校ではどのような対応を?

学校の先生に 「犯罪を防ぐため」という理由で補導センターに連れて行かれました。

当時は何もわからないので、学校に行けないのが犯罪だと考えてしまい大泣きしました。

補導センターに行った時、たまたま担当して下さった方が児童相談所のケースワーカーさんでした。

僕が大泣きをしているのを見て、「あなたは別に犯罪をしていないのだから。本当は学校に来れない子たちの場所があるんだよ。今度からそっちに来てね」と言われ、今度はホッとして大泣きしました。

「学校に行くかどうかは2番目に置いておいてまずは休もう」と言われ、しばらく家で休んだ後、その後は児童相談所に通うような生活になりました。

同時に心療内科で強迫性障害の治療もしました。






ー高校には進学をされましたか?

はい、ただ進学するまでも色々ありました。

今とは違い出席がなく内申点がないと調査書には斜線を引かれる時代でした。尚且つ「不登校だった」とも書かれました。

地域の中で出席数がゼロで卒業したという前例がなく、まずは卒業できるかどうかという問題が待ち構えていました。

ケースワーカーさんが裏でうまくやってくださり、卒業はなんとか出来る事になりました。

卒業は出来ることになったものの、「高校へは行けない」と言われました。大阪府の教育委員会で、「出席と内申がゼロの人は入る高校がない」と言われてしまったからです。

ー定時制高校にも受け入れてもらえなかった?

当時の定時制高校は働きながら学校に通う人や、どちらかと言えば少しやんちゃな人たちが入る高校でした。

不登校生の受け皿になるシステム自体があまりなかったんです。大阪府では通信制高校も厳しいと言われました。

そんな時、ケースワーカーさんが「NHK学園という通信制高校ならもしかしたら面接してくれるかもしれないよ」と教えてくれました。

NHK学園は東京都国立市にある通信制高校です。面接をするまでは、不安でいっぱいでしたが、面接をしたら快く受け入れてくれました。

僕が不登校だったのは約30年前なんですが、関東は僕の年でも不登校生に対しての進学が進んでいたんですが、他の都市だとまだ一般化されていなかったんです。

ー高校時代はどのような生活を?

家にいるか児童相談所に通って同じような仲間で集まったりしていました。

弟分や妹分も出来て、色んなケースワーカーさんも紹介してもらったお話したり、児童相談所が居場所になっていました。

ケースワーカーさんから大検(高卒認定)を教えてもらい受けることにしました。

中学校時代に先生が授業を教えに家まで来てくれたんですが、実は中学校レベルではなく高校レベルの英語を教えてくれていたんです。

そういった配慮もあり、NHK学園で取った単位と大検で取った科目のお陰で、高校2年生の時には高校卒業レベルの証明書を貰うことが出来ました。

当時、同級生に「お前何しているんだと」と言われることがあり、「構うな」と言われていたんですが、やっぱり心が傷つく部分がありました。

言い返すことはなかったんですが、心の中で「あんたらもう1年高校生活があるんだろ。僕は大検(高卒認定)の資格を持ってるんだと」と、自分がめげないように必死に言い聞かせていました。

不登校の歴史

30年前に比べると今は相当恵まれていることにまずは感謝するべきなのかもしれません。当時は児童相談所のケースワーカーさんたちが、懸命に子どもたちを守っていたんですね。

この時代に不登校を経験した方たちに敬意を表したいです。

< 江頭 雅史(まあくん)>

中2のクラス替え以降のイジメが原因で中学卒業まで不登校。
2001年、任意のNPO団体を立ち上げたのち、社会福祉士資格と教員免許を取得。
くつろぎをモチーフとした生きづらさを抱える20~30代の人の笑顔を増やすため「くつろぎステーションつばさ」を設立。
ソーシャルワーカーとして活躍するほか、公立高校で教壇に立ち社会福祉を教えている。
また、ライフワークとして、イジメや不登校ひきこもり問題の解決の糸口を追い続けている。

ルネサンス高等学校







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