Load

元不登校生から、現代の不登校生へ
伝えたい想いがここにある

不登校生と元不登校生を繋ぐサービス
Clue(クルー)のご紹介

Clueとは?

不登校は面白い人生の幕開けだ

引きこもっていた分ジャンプ出来た【前編】

湯山秀平

今回インタビューをさせて頂いたのは、高校時代に不登校を経験し、その後は早稲田大学に進学。大学時代はボランティア団体の代表を務め、現在は人材系のコンサルティング会社に勤務されていらっしゃる湯山秀平さん。理想の高校生活を送るために猛勉強をして学校に進学校に進学をしましたが、高校では不登校になってしまいました。前半では湯山さんが大学に進学するまでをインタビューさせて頂きました。

ルネサンス高等学校

─小中学校は普通に楽しく学校生活を送っていた?

微妙なところで小学生時代は比較的楽しく通っていたんですが、中学校時代につまずいたことがありました。

中学校1年生までは学校が好きだったんですが、中学校2年生の時のクラスがすごく荒れたクラスでした。

当時は真面目で優等生キャラだったので、先生からも頼りにされるタイプでした。先生から「湯山、何で周りを注意しないんだ。」と注意しないことを注意されることがありました。

そういったこともあり、中学校2年から学校が嫌いになってしまいました。中学校の頃は学校に行かなくなったことはなかったんですが、「なんとなく、行きたくないなぁ。」という気持ちで2年間を過ごしました。

─優等生キャラで注意をするとイジメに合ったりしなかった?

実際には注意すくことが出来ませんでした。今思い返せば、先生としては、クラスをまとめて欲しいみたいな期待があったんだと思います。

─学校が嫌いになったの学校自体のイメージが悪くなった?

そうですね、学校という場所が嫌いになっていました。

─その後は高校受験をされて高校に?

そうですね。

─どういう高校に進学した?

県立の進学校でした。すごく自由な高校で制服がなかったり、校則もほとんどない感じでした。生徒が自分たちで自治組織みたいなものを作り運営をするみたいな学校でした。

─楽しそうな学校に感じるが…。

そこが自分にとって難しいところで、中学校時代が楽しくなかったので、高校にすごく理想を描いていました。

そのモチベーションで勉強を頑張って受験したので、高校生活に対する自分自身の期待が高くなりすぎてしまい、「何となく馴染めない」というちょっとした理由で学校に行きたくなくなってしまいました。

─例えば高校生活にどういう理想を描いていて現実はどうだった?

理想は、行事が盛んな学校なので、文化祭や体育祭などの行事を満喫しつつ、部活や勉強も頑張るという感じで描いていました。

現実は、学校自体は自分の描いていた理想ではあったんですが、いざその空間に放り込まれると、自分が楽しい中学校生活を送っていなかったこともあり、高校で楽しそうにしている周りの人たちに自然と距離を置いてしまい、冷めた目で見てしまっていました。

「みんなは楽しそうだけど楽しめていない自分」がいて、何となく学校に行きたくなくなっていきました。

思い描いていた理想があったんですが、いざその空間に自分がに入ってみたら合わなかった感じです。

─中学校時代に、実は見えない何かが溜まっていた?

そうだと思います。

その後、高校1年生の夏休みに生活が堕落してしまいました。学校に行きたくない気持ちを押し殺して、なんとか1学期を乗り越えて、夏休みに入った途端に昼夜逆転生活が始まりました。

そこから2学期に入っても家から出られなくなりました。

─その後はどのくらい学校に行かなかった?

そこから学校に戻ることはなく、約1年弱くらい引きこもり生活をしていました。

─その時は家で何をしていた?

家でパソコンをやったり、ゲームをやったり、DVDを見たりを繰り返していましたね。






─そのまま学校は辞めた?

そうですね、学校は辞めて勉強だけは自分でしようかなと思ってました。

─自分で勉強をし始めたのはいつから?

それがちょうど高校2年生の6月とか7月とかですかね。

─勉強を始めるきっかけは何かあった?

高校2年生の春くらいに親が「そろそろ何かしたら?」と進めてくれました。

進められた当初は、まだ家から出たいという気持ちはなかったので、ずっと同じような生活をしていたんですが、「徐々に外に出たい」という気持ちと「ここに居たい」という気持ちの両方を持てるようになりました。

その後、外に出たい気持ちの方が高まっていきました。

─親御さんは学校に行かなくなった時の反応はどんな感じだった?

うちの親は学校に行かなくなる前から、比較的放任主義だったので、良くも悪くもそんなに介入はされなかったですね。

─すごく理解力がある親御さんなんですね。

親に理解力があるのか、「話しかけるな」というオーラが出ていたのか…(笑)

理由はわからないですが「学校に行け」と言われたりしませんでした。

確かに親にはすごく助けられたかもしれないですね。

最終的に自分で選択させるまで待っていてくれて、もう一回勉強して大学に行こうと思う後押しをしてくれたので。

「勉強をしろ」と言われたら逆にしないタイプなので、親はそこもわかっていたかもしれないですね。

─その後は徐々に外に出始めた?

そうですね。高校2年生の夏ぐらいから、高卒業認定を取る専門のコースがある予備校に週1〜2回ずつ通い始めました。

─高卒認定を取られたのがいつくらい?

勉強を初めて直ぐだったので高校2年生の夏くらいですね。

─そんなにすぐ取れるものなんですか?

実はそんなに難しくなくて、高校受験で勉強した蓄積がそこで活かされたというか…。

とりあえず高卒の資格を先に取り、そこからは予備校に通いつつ大学受験をしようかと考えていたので、勉強だけはちょっとずつしていた感じです。

─大学を目指そうと思ったきっかけは?

勉強が元々嫌いではなく、予備校を続けていて、他のみんなが高校3年生になるタイミングで浪人生が通うコースに入りました。

そこが毎日ずっと勉強をするコースで、久々に勉強が楽しいと思えたので大学を受験しようと思いました。

─勉強自体は好きだけど学校生活が苦手?

本質的にはそうだと思います。

─そこで勉強をされて大学は無事に受かった?

そうですね。高校3年生の1年間で、今までの分を取り戻さなくてはと思い、毎日16時間くらい勉強をしていました。

今考えればよく出来たなと思うんですが、引きこもっていて何もしていなかった分、沈んだ勢いでジャンプ出来たのかなと思います。

─どこ大学に進学を?

早稲田大学の商学部に進学をしました。






受験ロスからの不登校

真面目で頑張りすぎてしまうからこそ、受験が終わった後に受験ロスから不登校になる子は多いように感じます。大人と違いバランスが取りにくく、頑張りすぎてしまう子供たちに、学校に行けなくなってしまった後に、話し相手でもいいのでサポート出来る友達や家族の支えは大切だなと実感しました。

<湯山秀平>

高校時代に不登校を経験。高校中退後、高卒認定試験を経て早稲田大学商学部に進学。マレーシアの移民問題や教育問題に取り組む団体の代表などを経験。現在は組織・人事領域を専門とするコンサルティング会社に勤務。

ルネサンス高等学校



不登校生と元不登校生を繋ぐサービス
Clue(クルー)のご紹介

不登校生と元不登校生を繋ぐサービス Clueのご紹介
不登校生の一番の理解者は、元不登校生です
私たちも味わったその経験を、現在の不登校生にお話します。

Clueとは?