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障がいは財産で、かつファッションになる【後編】

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言語障がいを人に伝えるということで、自らの葛藤を乗り越えた佐藤さん。大学卒業後から現在までの状況をお伝えします。※前編はこちら :言語障がいがきっかけで不登校に…障がいが財産と思えるようになるまで【前編】

ルネサンス高等学校

─大学ではどのようなことを勉強した?

モノ作りをベースに、そこに情報処理と心理学を絡めた、“心を動かすモノ作り”を学びました。

─その後は何故ライターに?

大学を出た後に木工職人になろうとしていて、色々あって辞めてしまいました。

お金もなかったので、とりあえずリゾートバイトを始めました。同時に移動をしながらどこでも出来る仕事がないかと考えた時に思いついたのがライターでした。

─どういう記事を書いていた?

新しい住み方を提案するメディアだったので、ローンを組んで一軒家に住むだけではなく、例えば田舎に小さい家を借りて住んだなど、従来の考え方にとらわれない住み方を紹介をする記事を執筆していました。

主にやっていたのが、海外の記事を翻訳して記事にしていました。

─ライターって色んな種類があると思うんですが、英語を使うことに抵抗はなかった?

なかったですね。元々英語を使えるようになりたかったので勉強にもなるし、やっと掴んだ仕事だという感覚があったので。

リゾートバイトの休憩中にカタカタ書いていました。

─それが終わったらライターの職業一本に?

いえ、その後は長野県のゲストハウスで住み込みのバイトをしながら、ライターをしていました。更にその後は高知県に行きました。

─高知県には何故行った?

イケダハヤト(プロブロガー、ライター等)さんに会いに行ったんですが、その時に泊まったゲストハウスがたまたま求人を出していたので応募をし、採用をしてもらいました。

─書いていた記事のように住まいにこだわらない生活を?

そうですね。結果的にそうなったという感じですね。

─高知に行った後は?

高知にいた時に、語学学校の経営者の方とお会いしました。そこで、「うちの記事を書いてくれたら授業料を出せるかもしれない」と言われ、(これは千載一遇のチャンスと思い、すぐさま)セブ島に向かうことにしました。






─セブ島はどのくらい行っていた?

語学学校のインターンは半年間でしたが、その後、現在関わっているフィリピンの総合情報サイト「フィルポータル」というメディアに誘って頂きました。

─どういう流れでそのメディアにジョインを?

「ハッカソン」というIT系のイベントがセブ島で催され、そこでレポーターとして取材をしていた時に、フィルポータルのメンバーに出逢ったのがきっかけです。

─フィルポータルのメディアでは、どのような記事を書かれている?

フィリピンの総合情報サイトなので、現地のローカルニュースからフィリピン留学の情報、グルメ、アクティビティーなどのツアーガイドまで様々です。記事を書く度に、こんなことがあるんだ! という発見があるので、とても楽しいですよ。

─今後のビジョンは?

収入源が3つ欲しいと思っています。1つ目はゲストハウスみたいな、現在の自分の労働とあまり関係のないところでお金を発生させること、2つ目は人にモノを教える仕事をすること、3つ目はどこでもできるライティングのような仕事をやっていけたらなと考えています。

自分の技術を使ってお金を得るのが、自分の中でかっこいいと思っているので、ライティングと人に物を教えることは、自分の実力次第なのでどんどん技術を磨いていければなと思っています。






障がいは財産で、かつファッションになると思っている

佐藤さんはSTORYという自らの人生のストーリーを投稿するサイトで、「障がいは財産で、かつファッションになると思っている」と書いています。そのように思えるまでの道のりは決して短くはないですが、捉え方1つでものの見方が変わるということに気づけたのは正に財産なのではないでしょうか。

<佐藤 英太>

放浪系フリーライター。新潟県出身。新潟−金沢ー高山ー松本ー高知ーセブ島に移動をし、現在はメディア「フィルポータル」のライターとして活動中。

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