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言語障がいからのいじめがきっかけで不登校【前編】

佐藤英太

今回インタビューをさせて頂いたのは、フィリピンでメディアのライターをされている佐藤英太さん。お話を伺うまでわからなかったのですが、言語障がいを抱えていました。佐藤さんは「storys.jp」で「障害を持っているが故に見えている世界は、それだけで貴重な財産」と書かれていらっしゃいます。障がいがきっかけで不登校になり、いじめを受けた佐藤さんがそう思えるようにななったのはどんなきっかけがあったのでしょうか?前編では大学時代までをお伝えします。

ルネサンス高等学校

──不登校だった時期はいつ?

中学校の3年間、不定期に休んでいました。特に2年生の頃は、休んでいた日数が多かったですね。

高校の時も休みがちだったんですが、これ以上休んだら留年するよと言われて行くようになりました。

──中学校を休みだしたきっかけは?

元々、同じ場所へ決まった時間に毎日通うこと自体が苦手でした。小学生の時も低学年の頃はあまり行っていなかった気がします。

更に幼稚園時代までさかのぼると、登園初日に親から「今日からここに入園するんだよ」と言われて、「嫌だ」と答えたそうです。

──学校という空間自体がそもそも苦手?

そうですね。相性が悪いというか……。

──中学校の時に拍車がかかった感じ?

はい。毎日、休むための理由を考えていました。今日はお腹が痛い、明日は頭が痛いみたいな。

──登校しなかったことに関しての罪悪感はあった?

当時はだいぶありましたね。行きたくはないけれど、学校は行くべきものと捉えていたので、外に出ることもせず布団の中に潜っている日々でした。

──勉強や友達と遊ぶとか、部活が楽しいとか、プラスの要素は?

部活でソフトテニスに所属していたんですが、これは楽しかったですね。

──楽しむために行こうとは思わなかった?

行きたくない気持ちの方が強かったです。授業のない(もしくは「他の生徒とあまり遭遇しない」)土日の部活だけは参加してました。

──他に理由はありましたか?

そうですね、いじめもありましたね。中学1年生の後半か、中学2年生になった頃でした。

元々、言語障がいがあってそれをネタにいじめられました。それが大きいかもしれません。

言葉を発する度に、クスクス笑われたら、言葉を発するのが嫌になって、黙るしかないじゃないですか。それで塞ぎこむ。次こそはと思ってしゃべってまた笑われて塞ぎこんで……という負のループでした。

学校に行って教室の扉を開けるのが怖かったですね。






──言語障がいはどういう症状?

どもりとか吃音なども言語障がいと言われるのですが、僕の場合は口蓋裂(こうがいれつ)という奇形児として産まれたので、それに伴って口の構造が未完全なために発音がしにくくなっていました。

──話している限りではそうとは感じないが徐々に訓練した?

幼稚園から小学校にかけて言語訓練を行ってましたね。今でも話す時は意識して気をつけています。だから、人より話すことにエネルギーを使うので、いっぱい話すと疲れちゃいます。

──その後は毎日通うようになった?

そうですね。毎日行き始めたら、次第に状況が変わりました。まず、学校の成績が良くなり、一番良い時で学年で上から4番目くらいまで上がったんです。

中学の時は、あまり学校に行ってなかったので、成績も振るわなかったのですが、授業に出るようになって成績が良くなってくると、今度は自分を見る周囲の人の眼の色が変わりました。

それでも一歩踏み込んだ関係を作っていくことには恐怖心がありましたね。

──他人を簡単に信じられるようになったわけではないということ?

そうですね、昨日までは友達だと思ってた人が、次の日には友達ではなくなっているということがあったので。

振り返ってみると、中学生の時に「障がいがバレる=いじめられる」という図式が自分の中で出来上がり、学校に行きたくないという気持ちに拍車がかかりました。いじめと言語障がいについて、ちゃんと向き合い始めたのは大学に入ってから。そろそろちゃんと向き合っていかないと、中学生の頃から自分の成長がストップしたままだと思いました。

──具体的にどうやって自分の中で向き合った?

言語障がいがあることを隠さずに、人に伝えました。実行する前は、伝えると自分を見る人の眼の色が悪い方向に変わってしまうのでは・・・と思い込んでいました。

でも、いざ勇気を振り絞って伝えてみると、「そういう障がいがあるんだ。言われなきゃ全然わからないね」という反応。周りの接し方が変わるわけでもないし、障がいを持っているからと言って蔑まれることもありませんでした。

周りに伝えることで、心の重荷が少し取れた感じがします。

──中学校で人が信用できなくなり、その後、人が信用できるようになった大きなきっかけは?

今でもそんなに信用してないかもしれないですね(笑)

「裏切られてもいいや」くらいな心構えです。実際に裏切られたらショックですが、この人たちならたとえ裏切られてもいいやと思えるような人たちと付き合うようにしています。

自分が期待をしていた行動を相手がしなかったという時に、裏切られたと感じたことがあるので、ただ自分が他人に期待しすぎなのかもしれないですし。人は裏切るものだ、裏切る人もいる、という考え方は、僕の中で今後も変わらないかもしれないです。

──そういう感覚だと、人と深く接するのが難しくなることはない?

多々ありますね。そこは今現在の課題かもしれないです。






誰かに伝えることで解消されること

人の目線が気になり、人は自分のコンプレックスを隠そうとしてしまいます。思っている以上に周りの人はなんとも思っていないことが多いです。誰かに自らそれを伝えることで解消されるという糸口もあるのではないでしょうか?後編では佐藤さんが今の生き方に辿り着くまでをお伝えします。

<佐藤 英太>

放浪系フリーライター。新潟県出身。新潟−金沢ー高山ー松本ー高知ーセブ島に移動をし、現在はメディア「フィルポータル」のライターとして活動中。

ルネサンス高等学校



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