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不登校は面白い人生の幕開けだ

家族への父親のDVが影響で不登校に【前編】

風見穏香

今回インタビューをさせて頂いたのは、シンガーソングライターの風見穏香さん。幼少期から曲を書くという才能を持ち合わせながらも、自らを「生きづらい系シンガーソングライター」と名乗り、当時は人前で歌うことすら出来なかったという風見さん。前編ではそんな風見さんの高校時代までをお伝えします。

ルネサンス高等学校

──不登校になった期間は?

小学校6年生の頃に数ヶ月間不登校になりました。

小学校1年生から5年生まで365日といっていい程、一緒に遊んでいた男の子がいたんですが、初めて小学校6年生の頃に初めて違うクラスになってしまいました。

それが不安材料になり、色んなことが積み重なって不登校になってしまいました。

──離れてしまった不安感から?

それだけではないんですが、家庭も色々あったし、学校で自分が問題を起こしてしまったのもあり、ちょっといじめというか……。

女の子とうまくいかないタイプで、女の子の友達からいじわるをされて、学校も我慢して行ってたんですが、ある時、給食の時間になると泣き出すようになりました。

泣き出した後、保健室に連れて行かれるという流れを1週間位続けていていました。それを先生が母親に報告して、母親がそれを聞き「そんなに辛いなら行かなくていいよ」と言ってくれたのがきっかけで行かなくなりました。

──その泣き出した原因は覚えている?

色んなことが積み重なってたんだろうなと思います。家庭も色んなことがあって、学校でも不安いっぱいありましたし……。

これといった理由がわからなくて、大人になった時にきっとこうだったんだろうなというのはありますが、当時は何もわからず急に泣き出してしまいました。

──給食の時に泣き出すきっかけがあった?

ちょうど自分の中で我慢が切れる時間だったのかもしれません。何が嫌だったかわからないんですよね。今もそういうところがあって、溜めてしまうというか、うまく人に言えないところがあるんです。

──言葉でうまく人に伝えられなかった感じ?

そうですね、ストレスが溜まると涙で発散していた感じです。

──ずっと一緒だった男の子と遊ぶ以外に女の子とは遊ばなかった?

自分が男の子みたいなタイプだったので、女の子とはあまり一緒にいなかったんです。小学生くらいの頃って男の子と一緒にいると「あの子、男好き〜」みたいな感じがあるじゃないですか。

あとは初めて担任の先生が男の人になり、色んな不安要素がありすぎて……。






──何で学校に行けるようになった?

それが本当に恵まれていたんですが、幼稚園の時に仲が良くて、小学校に入って疎遠になっていた子が家に遊びに来てくれるようになりました。

小学校から30歩くらいのところに住んでいたんですが、その子たちは3〜4km離れていたところに住んでいたのにも関わらず、毎日うちに寄ってくれました。

一回も学校に行こうとは言わないでいてくれて、「学校に行けないよ」と伝えると、「うん!」とだけ笑顔で言って、ただ毎日きてくれました。

これが無償の愛なんだなと感じました。今でも話していると泣けてくるんですが、母親と友達が手助けをしてくれて通えるようになりました。

結局、友達が卒業式の当日まで毎日送り迎えをしてくれました。

大人になって路上ライブをやっていたら、たまたまその友達に出逢って「本当にあの時はありがとう」と伝えたら、本人たちは「別に学校に行かせようと思って行ってたわけではなくて、ただ楽しかったから行ってただけだよ」と言ってくれました。

私は友達がいてくれたから行けるようになったので、自分もそういう存在になりたい、人の力になりたいと思い、今はそういう活動をさせて頂いています。

──その期間は辛い時期でもあったけど、人生において貴重な体験になった?

はい、自分ではあまり記憶にないんですが、親が言うには「死にたい。死にたい」と泣き叫んで、自分で頭を壁にぶつけていたらしいです(笑)

──中学校は無事に卒業した?

そうですね、中学校も高校も大丈夫でした。でも大人になって思うのは、今でも社会から外れているなと思うし、ずっと延長線上にいるなと思います。

あの時は友達のお陰で行けるようになったけど、果たして自分の意志では行きたかったのかなと考えてたりします。学校に行かなきゃいけないという気持ちから行っていたので、大人になって不登校生たちと関わっていると、考え方がすごい自由だなと感じます。

自分の意志を貫いて、「私は学校に行かなくてもいいんだ」と思えていたら、もう少し違う人生だったのかなとか。

レールから外れに外れまくっている方と接すると、社会や周りの目を気にして生きていないんだなと感じるんですが、私はまだ社会というものと戦っているます。

不安も拭えなく、自分は未だに不登校生だなとずっと思っています。だから不登校生を救いたいというより、私もまだ同じところにいるから一緒に頑張ろうという気持ちが大きいです。

──何故、まだ同じところにいるなと感じる?

全然まだ自分のことを好きになれないですし、自分の意志を通せなかったり、未だに人目もすごく気にしてしまいます。

似てるなと思うところがたくさんありますね。

不登校というよりかは「生きづらい子」というくくりを良くしていて、生きづらさを抱えている1人だなと思っています。別に不登校生だからと言って、生きづらくない子も全然いるし、それで言ったらそこは少し違うのかなと思いますね。

──育った家庭環境はどいう感じだった?

うちは父親がDVだったんですよね。私は3番めの末っ子だったので、私にだけは暴力を振るわなくて、それ以外の母親や兄、姉は暴力を振るわれていていました。

大人になって不登校になったのは、そのきっかけが大きかったんではないかと思います。

今の生きづらいという原因もそこなんだろうなと思います。家族支援じゃないですが、そもそもパートナーシップというものから考えなおさなきゃいけないのかなと思いました。更に言ってしまえば、1人の人間としてなんですが。

不登校経験を掘り下げていくと実は大きく家庭環境が影響していた風見さん。後半では現在の活動をされるまでをお伝えします。






家庭環境は大きく不登校に影響する

家庭環境に問題があると、精神が不安定になるだけではなく、自己肯定感も育みにくくなります。そうなると大人になってからも、精神面での立て直しが遅くなる傾向がみられます。学校に行けるか行けないかというところに集点を置くのではなく、視野を広げて見てみることが大切なのかもしれません。

<風見 穏香>
茨城県古河市出身のシンガーソングライター。「弱い自分に負けたくない」ギターを持って一人旅に出て、泣きながら路上に立ち小さな挑戦を積み重ねた。2014年6月「ありがとう。」を全国リリース。タワーレコード3位ランクイン。生きづらい世の中で苦しむ人々に「私も一緒だよ」と伝えることで、世の中を変える一筋の光りになれるよう活動中。

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