Load

元不登校生から、現代の不登校生へ
伝えたい想いがここにある

不登校生と元不登校生を繋ぐサービス
Clue(クルー)のご紹介

Clueとは?

不登校は面白い人生の幕開けだ

子ども達のSOSを音楽や動画で代弁【後編】

悠々ホルン

学生時代は苦しみ続けた悠々ホルンさん。根本が解決されていないので、家庭でも学校でも苦しみ続けますが音楽だけが唯一の救いでした。後編では、そんな悠々ホルンさんが現在の革新的な活動をされるまでの流れをインタビューしました。※前編はこちら :子ども達のSOSを音楽や動画で代弁する新ジャンルのミュージシャン【前編】

ルネサンス高等学校

ー高校を卒業した後はどのような生活を?

元々引きこもり体質だったんで、一歩何か選択が違えば、そのままずっと家に引きこもっていたと思うんですね。

人が怖かったし、自分に自信がなかったので、外に出るのも怖かったです。音楽が支えで、高校の頃にバンドに近いようなことをやっていました。その流れで高校時代はバンドのメンバーにクラッシックの声楽をボイストレーニングとて紹介をされてたんですが、それをずっと受けていました。その時、老人ホームに何度か声楽で歌いに行ったりしていました。

高校を卒業して、いざどうしようかと考えたタイミングで、ボイストレーニングの先生に、「過去に歌いに行った老人ホームでバイトをしてみないか?」というお話を頂きました。

ボイストレーニングの先生は、自分が心を許せる数少ない大人の1人でしたし、何より音楽を作るには機材が高くお金がかかるので、意を消してバイトをしてみました。しかし、介護の中でも大変な部署についたことで、キツすぎて3日で辞めてしまいました。

その経験が「やっぱり自分は何をしてもダメなんじゃないか」という大きな挫折感を味わいました。ショック過ぎて、バイトを辞めた後に何故か自分が通っていた高校に足が向かっていました。行き場のない想いを誰かに聞いて欲しくて、高校の先生に相談にのっていただきました。先生と話すと、ちょっと気が楽になりました。

その流れで卒業生の進路が載る「学年だより」みたいな学校で発行している掲載誌に、前代未聞のフリーターという肩書で載せて頂けました。そういったちょっとした先生方の心遣いがありモチベーションが徐々に回復していきました。

「機材を買いたい」「どうしても音楽を作りたい」という気持ちが後押しになり、また違うバイトに行き始めました。自分に自信がないので、人よりも2倍3も努力しないと駄目だと考えていました。

次に行ったバイト先では、自分なりに物凄く頑張りました。それを見てくださっていた社員の人たちが、褒めてくださったり、認めてくださったりしました。それが大きな自信になって、少しずつ気持ちが外に向くようになってきたんです。

バイト代で音楽の機材も買えるようになり、バンドもやり始めて、ちょっとずつ音楽というものを動機にして、バイトをやり、人と関わるようになり、少しずつ外に出ることで、恐怖感が薄れていきました。

ただ、まだ人付き合いがそんなに得意ではないく、物事はなかなか上手く進まないことばかりで、世間の大人の感覚からするとずとフラフラしているという感じだったと思うんです。バンドにしても、物凄く気合を入れてやっていたわけではなく、その頃になっても皮膚病も咳も続いていました。自分の出来る範囲のことを何となく生活をする繰り返しの毎日でした。

20歳を超えた当たりで、徐々に自宅でのネット環境が整ってきました。当時はまだそんなに色んなサイトがなかったんですが、音楽を投稿するサイトがありました。

そういうサイトに少しずつ自分の音楽を公開し、作ったものを自分の外に出すということを始めました。最初の頃は良くありがちな曲を作っていましたが、そんな中でも自分と同じような境遇の方はちょっと気づくような要素が入っていたと思うんですよね。

少しずつライブをやれば、ライブに来てくれる人がいたり、メッセージをくれる人も出てきました。メッセージの内容を見ていると、自分と同じように心の傷をもっている人がとても多いんだなということがわかりました。

その頃は、「だからどうしよう」というのはなく、自分の心の苦しみを吐き出す手段として音楽活動を続けていました。そうして活動をしていくうちに、更に聴いてくれる人が増えてきてました。






自分がしてきた経験以外の相談にのるために起こした行動

悠々ホルン

増えてきたファンの人たちが「実は私はこういうことで苦しんでいた」「今こういう環境にいるんだ」など、更に感想や意見が増えてきて、それを耳にする機会が多くなりました。それまでは、「自分の辛い気持ちは誰にもわかってもらえない」と思っていたし、すごく孤独だったし、「味方はいないんじゃないか」と思ったんですが、同じように感じている人が実はたくさんいるということに気付きました。

メッセージが増えてきたら、「相談にのって欲しい」という内容のものも増えてきました。自分の実体験から言えることはいくらでも相談にのれるわけなんですが、色んな環境の人がいて自分の実体験にかぶらない話もたくさんありました。

自分は、他の人よりどちらかと言えば口が上手いんで、綺麗事なら簡単に言えるんですよ。だけど、自分も苦しんできたし、色んな大人の人に嫌悪感など感じながら生きてきたので、綺麗事は絶対に言いたくないと思いました。

例えばよくあるのが、「死にたい」と呟いていた人がいたとしたら、「生きたくても生きられない人がいる」など決まり文句はたくさんあると思うんです。

そういった言葉を掛けても、相手には届かないし、結果的には責めることにしかならない。じゃあどうしようかと考えた時に、「ごめんなさい。わかりません。」とは言いたくなかったんです。

自分がわからない相談が来る度に、何とかちゃんと真意に答えたいと思って、送ってくれた相談の内容に近い本を読んだり、徹底的に相談に答えるようにしました。

例えば、ラジオの人生相談てあるじゃないですか?あれってYouTubeにいっぱいおちているんですよね。それを片っ端から何百本も聞いていったりしました。そうすると、「こういう悩みに関してはこう答えればいい」というものが見つかるんじゃなく、「こういう相談がきた時にどこに目を向ければいいのか」というのが吸収出来ました。単純に悩みに対して答えらるとかじゃなく、「こういう視点を持ったら物事の本質が見えてくる」ということに気付きました。

そのラジオのパーソナリティーの方が書いている本を読んでみたり、子育て本を読んだり、子どもの苦しみに関する本を手当たり次第に読んでいきました。色々読んでいくと、「何故自分は当時辛かったのか」という答えが見つかってきて、誰かの相談や悩みがくる度に同時に自分自身も整理されていきました。

その感覚が、すごく楽になっていく感覚だったので、相談を送ってくれた人に送るだけじゃなくて、何かしらアウトプットが出来たらなと思いました。

きっと、同じように苦しんでいる人たちはいっぱいいるわけだし、そこで自分が学んだものは、普通に生活をしていたら知ることが出来ない。たまたま自分は、相談がきたので、本を読んだりしたから気付いたわけで、他の人はそういうことを知らずに苦しんだまま生きていくかもしれない。

どうにかその人たちにも「本当はこうなんだよ」というのを伝えたかったですし、ずっと親に「わかってもいたくてもわかってもらえなかった」という気持ちを押し殺して生きてきたわけですが、「本質は憎しみとか恨みとか攻撃的なものではなく、わかって欲しいというだけなんだよ」という気持ちを代弁したいという想いが湧いてきたんです。

たぶんそれは、小学校4年生くらいで自分の転機になり、その頃の自分がずっと否定されてきたし、自分を責めていたし、その頃の自分を守りたいという気持ちがあったから。

そこから「子供科大人の教科書」というものを制作し始めました。その動画を公開すると、また相談が増えてきました。リストカットをしている子も多かったので、リストカットは親にわかってくれない代表的なものなので、「リストカットはこういうものですよ」と解説する動画を作ったり、「過呼吸の時はこうしましょう」という動画を作ったりしました。

ある時、ブログにコメントをしてくれた子がいたんですね。コメントは勿論読みますが、普段どんな子かなとか見ないんですが、その子はたまたまブログを書いていたのでちょっと読んでみたんです。

中学生の女の子だったんですが、自分の音楽はずっと前からよく聞いてくれていて、その子はいじめに合ってからは保健室登校をしていたんです。その子のブログを読み進めていくと、本来の苦しみはいじめが原点ではなく、大きなトラウマを作っていてそこで苦しめられていたことがわかりました。

たまたまテレビを付けていたら、PTSDのカウンセリングの報道をやっていました。カウンセラーか精神科医の方が患者さんの相談にのっていたんですが、それを見てピントきました。

この報道のような内容を、そのまま音楽に落とし込んで、YouTubeに公開したらその女の子は絶対に見るし、もしかしたらその女の子のトラウマの形が変わるんじゃないかと思ったんです。

カウンセリングの文言を変えて、説明みたいな感じにはせず、自然な感じになるように考えてつくった曲があるんです。それを公開したら、色んな方からその曲に救われたというメッセージを送っていただいたんですが、その女の子に非常に近いトラウマを持った方からのメッセージが多かったんです。

自分のことを信用してくれる子たちにに対して、間接的にに支援する方法もあります。全国の子供たちから手紙が来るんですが、北海道や沖縄など遠いところからくることもあります。そういった子たちの中に、身近で頼れる大人が必要だと思うことがよくあるんです。

そういった場合は、どうするかというと、自分がその子に対して付きっきりになることはまず無理なんで、例えばその子の手紙に住所が書いてあるんで、その近所の保健センターとか保健所を探して電話をします。

まずはそこにいる保健師さんと話し、保健師さんと自分が仲良くなります。その上で、「君の近所に保健センターがあってそこに◯◯さんという人がいるんだけど、さっき電話をしてみたら、すごくその人が話が通じる人で仲良くなったんだよ。ちょっとそこに行ってみてごらん。」と紹介してあげたんです。

そうすると、自分が信用をしている人から紹介をされた人っていうのは、誰だかわからない人に比べると特別な存在になるんですよね。それで「じゃあ行ってみる」と言って、保健師さんと関わっていった子たちも何人かいます。あとは児童相談所とかにも色々相談したりしました。

自分が対応しなければ終わってしまうことも、自分がプラットフォームになることで、他の人に紹介することが出来たら、直接的に関われない子たちも助けることが出来る。そいうことを数ある活動の1つとしてやっています。また、そういう活動をやればやるほど、自分自身の苦しみも客観視出来て、少しずつ癒えていったんですよ。

2013年の9月に「おかえり」という曲を作ったんですが、この曲を作った時に「次に進める、自分の人生の第一章を終えられる」と思ったんです。

今まで苦しんできたことの荷物を降ろせると感じました。それまでは、ずっと自分の心を癒す旅みたいな感じだったんですが、それ以降は人のためというのはちょっとニュアンスが違うんですが、同じように苦しんできた子たちの状況を変えたり、予防は出来ると思ったので、それを代弁したり伝えていきたいという今の形が固まりました。

苦しんでいる子たちに関しては、例えるなら「海外に1人で来てやっと日本人に会えた」と思えるようなコンテンツをどんどん出していきたいです。

自分はあくまで人生の転機のスタート地点となり、「こういう生き方もあるんだ」ということを、何かしら発信をしていくことで、自分と直接関わらなくても、一つの参考にしてもらって各々が動けるように選択肢を提示していきたいです。

また、私が提言している、「子どもが親に求めている5つの欲しい」というのがあります。その5つは「見てほしい」「気付いてほしい」「分かってほしい」「認めてほしい」「愛してほしい」ということです。先日、親の会に参加をさせて頂いた際に、それを聞いたお母さん方が子どもへの見方が変わったと泣いてらっしゃいました

一番の目的は、自殺や虐待を予防すること。誰も目を向けていないところに解決の糸口がたくさんあるので、そのきっかけを伝えていきたいです。






新しい支援の方法

今まで子供たちが相談するとしたらカウンセリングなどの心療内科やNPOがおこなっている電話相談などでした。しかし音楽を組み合わせた動画からのセルフカウンセリングという手段は本当に新しい取り組みだと思いました。「きっと何かを変えてくれる」そんな希望を私自身も感じたインタビューでした。

<悠々ホルン>
千葉県出身。ミュージシャン。家庭環境をキッカケに、小学生の時から精神的な孤立、自傷行為や自殺未遂に及ぶ。その中で音楽を唯一の支えに生きてきた。次第に自らも音楽を作るようになり、実体験をもとにした楽曲をネット上に公開したところ、彼が背負っていたものと同じ様な心の傷を持った全国の10代の女の子を中心に応援・相談メッセージがメールや手紙にて届くようになる。これまで受けた相談の人数はここ3年程の間で400人近くに達し、その数は現在も増え続けている。

子ども達のSOSを音楽や動画で代弁し、悩める多くの子達の支えとなり、またその親御さん達に向けて子どもの本音を伝え親子関係の修復・傷付いた心を救う為に活動を行っている。

ルネサンス高等学校



不登校生と元不登校生を繋ぐサービス
Clue(クルー)のご紹介

不登校生と元不登校生を繋ぐサービス Clueのご紹介
不登校生の一番の理解者は、元不登校生です
私たちも味わったその経験を、現在の不登校生にお話します。

Clueとは?