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不登校は面白い人生の幕開けだ

母がいなければもうこの世に私はいなかった【後編】

二川 智南美

定時制高校での出逢いで状況が変化していった二川さん。大学にも進学出来ましたが、その背景にはお母様の深く温かい愛情がありました。※前編はこちら : 不登校から定時制高校での出逢いで大きく変われた。小さい頃から好きだった文章の仕事に携わるまで【前編】

ルネサンス高等学校

──学校に行ってない時は文章とか書いてなかった?

実はまったく書いていなかったですね。学校に行かなくなったきっかけの一つに、文芸部で小説を書かなくてというくだりがあったんで。

──それもまた書こうという気持ちになったのは?

結局、不登校だから勉強をしていないわけじゃないですか。勉強もしていないし、運動もしていないし、そんな自分に将来何が出来るんだろうと考えた時に、選択肢は限られてしまいますよね。芸術系だったら、いわゆる学校でやる勉強とあまり関係なさそうって。今思うとなんて単純なんだとあきれますし、実際大学入ってすぐに挫折することになりますが(笑)

──大学から今の就職先に繋がった?

そうですね、大学3年生の頃からずっと今の会社でバイトをしていて、そのまま入社しました。

──小説家とまではいきませんが、好きなことをちゃんと仕事にしている?

そうですね、インタビューなどもありますし、文章はよく書きます。写真やライターからもらった原稿など使う素材をまとめて誌面の形にしたり、内容に間違いがないか確認したりするのが、本来の編集の仕事なんでそれが一番多いんですけどね。

──人生を振り返ってみて、不登校を経験したからこそ、何かに役立ったことはある?

うーん……自分では年齢を9歳だと思っていると言ったじゃないですか。正直、まだ自分の中で不登校だったことを完全に認めきれてない部分が若干あって……。

学生時代からボランティアでNPOの活動をおこなっていて、定時制高校に足を運ぶ機会があるんですが、高校生に自分の話をすると泣いてくれたり、共感してくれたりするんですよね……。不登校の経験をしたからこそ感じたり、わかりあえたりすることがあって、そんな時は自分の過去がけして無駄ではなかったんだなぁと思いました。

今、積極的に行動できるようになってきたのは、「後悔したくない」という気持ちからきています。

私の行動基準は、基本的に“後悔するか、しないか”なんです。「これをやらなければ後悔する」と思ったら直ぐに行動に移すようにしています。

それはどうしてかというと、中学時代を後悔しているからです。もうあんな思いをしたくないという、反発や負の感情ですが、それを逆に糧にして行動しているところはありますかね。

──不登校だったことをあまり認めたくない?

頭ではわかってるんですよ、今の自分があるのは不登校があった結果だっていうのが。
でもこの先、何十年間も辛い時の記憶って忘れられないわけじゃないですか。

不登校じゃなかったら、実はもっと良い人生を歩めたんじゃないか……そんな馬鹿なことを考えちゃんですよね。あの経験がなければ、相手の気持ちを汲んだり、深く自分のこと・相手のこと・社会や世間のことを考えるような人間にはならなかったと思います。

でも不登校を経験する必要があったかというと、それはYesとは言い切れないじゃないですか。やっぱりそこは大きいですよね。

仕事なら今からやり直そうと思ったらやり直せますけど、中学に通うとか普通の高校に通うとか、一般の人が思っている“普通の人生”には戻れないし、今から決してやり直せない。これからもし成功者になったとしても、その事実は変えられず残ってしまう。

今、すごく楽しいですけどね。「自分の足で人生歩いてるぞ」って言えるんですけど、やっぱり学校の話題が出た瞬間に距離を置いてしまう。

未だにFacebookで、中学時代の同級生から申請がきても承認をためらってしまいます。
その申請があった子がどうではないんですが、私をいじめた子たちとも繋がってる可能性があるわけで、その子たちの笑顔の写真を偶然でも見ることが出来ないんです。

自分は死ぬことまで考えていたのに、その同級生たちはいじめたことに対して何も考えずに、そのまま中学に通って普通の高校に進学して・・・・・・と思うとどうしても許せなくて。

──死ぬことまで考えたというのは、何が原因でそこまで追い詰められた?

学校に行くことが当たり前」だと思って生きてきたのに、それを全部ぶち壊されちゃった。勉強も出来ないし、同級生や顧問の言葉で「人って信じられないんだな」って思ったのが大きかったです。

父親ともすごく関係が悪くなったんですけど、父親は順風に生きてきて成功している人だから、学校に順応できない自分をわかってもらえなかった。不登校になってからは、私に何も言わなくなって背中を向けられてしまって。あとで、私が傷つかないように母が父をブロックしていたと知ったのですが(笑)
自分と優秀な弟に対する対応の違いなども伝わって当時はほんとうに嫌いでした。

母親は逆に大好きでした。母親が心の支えであり、母がいなかったら私は今、この世にいないと思います。






子どもに真意に寄り添う母親の支え

二川 智南美

──母親はどのような対応を?

まずは学校に行きたくないことを打ち明けたら、学校には行かなくていいよと直ぐに言ってくれました
みんな行きたくないといっても、行くものだと思ってるじゃないですか。

そんな中、「義務教育は子どもが学校に行かなくては行けないという義務ではなくて、子どもが学校に行きたいと思った時に親に通わせる義務があるっていう意味なんだよ。だから別に行きたくないと思ったら行かなくてもいんだよ」と言ってくれました。

母親は不登校を経験したわけではないんですが、いつも私の気持ちを考えてくれていました。
私がいつも想定していた反応と、良い意味で違う反応が返ってくるんですよね。

私が「死んでやる」っていうと、「死なないで」というんじゃなくて、「じゃあお母さんも一緒に死ぬ」と言ってくれました。これはほんとうに極端な例ですが、私が発した言葉を否定せず、必ず一度は受け止めてくれるんです。母親に対する気持ちは大好きという言葉以上のものです。

──現不登校生へ向けてのメッセージは?

今もすごく落ち込むことがあり、相変わらず要領もよくないですが、とりあえず生きてればなんとかなる。
唐突ですが、私、イチゴが嫌いなんです。女の子がみんなイチゴが好きだと思ったら大間違い。つまり、世の中に「絶対」はないと思うんです。

ただ一つだけ、絶対があるとしたら「死ぬよりは生きている方がいい」ってそれだけは言えます。
昔は「自分は死ぬ勇気もないだめなやつ」なんて思っていたんですが、今はあの時死ななくてよかったなって思っています。

生きているだけで価値があるなんて綺麗事をむりやり押しつけるつもりはないけれど、生きていればそのうちいいことあるんじゃないかな。あなたがあなたという存在であること、それ自体は決して無駄ではないと思います。






誰かに対する感謝の気持ちを持てる人生程幸せな人生はない

「学校に行っていなかった」という事実は確かにこのメディア名前であるLoadのように上書き保存をすることが出来ません。しかし、母親に対する言葉では言い表せない感謝の気持ちを持つようになれたのも経験があったからこそだと思います。誰かに対する感謝の気持ちを持てる人生程幸せな人生はないのかなと感じました。

<二川 智南美>
群馬県出身。県内の定時制高校卒業後、都内の芸術系大学へ進学し、俳句を専攻。現在は編集プロダクションで書籍の編集・制作を行う。

ルネサンス高等学校



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