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【兄弟で不登校】「学校に行かなくてもいいよ」という言葉は掛けるべき?

今回インタビューをさせて頂いたのは、兄弟で不登校経験をした石橋秀一郎さん。前半では石橋さんの不登校経験のお話を伺いました。

ルネサンス高等学校

不登校になった時期はいつ

小学4年生の初めから小学校5年生の終わりくらいまでです。

不登校になったきっかけは?

色んな理由が重なったんですが、家庭の問題と自分の学校での問題が重なって不登校になりました。

家庭内では、家族が色々問題を抱えていて、父がうつ病にかかってしまい、当時勤めていた会社を辞めるかどうかという瀬戸際で、父と母がよく喧嘩をしていました。

夫婦喧嘩を見るのが子供心ながらにストレスになっていました。

また、姉が不登校になっていたということがあり、学校に行かない選択肢もありなのかなと思うようになっていました。

学校では、部活動が始まりサッカー部に入部をしました。サッカー部の雰囲気にうまく馴染めなく、次第に休みたい気持ちが強くなりました。

これまで人生で大きな挫折を味わったことがなかったんですが、部活が人生で初めての大きな挫折でした。その際、部活だけではなく学校も休むようになりました。

本来なら一踏ん張りして学校に戻るべきところだったんですが、ひと踏ん張りが出来なくて「学校に行きたくない」と母に話しました。

母は姉が不登校になった時に「学校に行きたくない」と言ったら、無理やり連れて行くという対応をしました。

その影響で、姉はすごく傷ついてしまい、結果的に姉は学校に戻れなかったんです。母はその経験があったので、自分が学校に行きたくないと伝えた時は何も言わずに「休んでいいよ」と言ってくれました。

その時、学校に頑張って行くべきだったのか、休んで正解だったのかということは今でもわからないです…。

当時、姉も父も家にいたので、家にいるのが居心地が良さそうだったということもありました。

姉は受験をして中間一貫の私立の学校に入ったんですが、学校で知り合った宗教家の先生が姉の精神面や学習面のフォローをしてくださっていて、家によく出入りされていました。

その先生が、学校に行く意味はあまりないという考えの方だったので、そういう話を家庭内でもしていたので、更に学校に行かなくてはいけないということに対するハードルが低くなっていた気がします。

学校に行かない間はどんな生活をしていた?

両親が学校に行かないということを認めてくれていたので、家の中で居場所がないという気持ちはなかったです。

土日や放課後は友達とも遊んでいた、平日の学校の時間は両親と約束をした時間は家庭学習もしていいました。

家族がみんな家にいたので、家族でテニスに出かけたり、旅行に出かけたりもしました。

学校に行っていないこと以外は他の子たちと同じような生活をしていました。

親が不登校をすんなり受け入れてくれてくれたということに対してはどう考えている?

半分半分な気持ちがあって、そのお陰で傷つかなかったということに対しては感謝しています。

でも、どうしても、「もしかしてあの時に説得してくれていたら行けていたかも」と考えてしまった時期がありました。

その後、どんなきっかけで学校に戻ることが出来た?

小学校5年生の終わりに戻ることが出来たんですが、当時の担任の先生が優しくて面白くパワフルな先生でした。

無理やり連れて行くというよりは、「今のクラスは悪い子はいないし、楽しいから学校に来た方がいいよ」と説得して学校に連れて行ってくれました。

家庭訪問を何回かしてくれて、1日1時間、半日と徐々に学校に行けるようになり、小学校6年生の1学期からは朝から1日登校出来るようになりました。

「何で学校を休んでいたの?」と聞いてくる子もいなく、先生が色々配慮してくださったんだと思います。

後は学校に復学するまで、約2年間学校を休んでいたので、だいぶ気持ちが回復したというのもあると思います。

学校に復学した後は特に何も問題はなかった?

その後の学校生活は高校生まで特に休まずに通うことが出来ました。

しかし、再登校し始めた頃からちょっとした違和感を感じ始めました。

違和感とは?

周りの同級生に比べて、自分の精神年齢が低いように感じました。ただ、小学生の頃は先生のフォローや、周りが気を使ってくれていたので、そこまで強く感じることはなかったんですが…。

中学校に入学し、中学校2年生の時に周りの子達が、自我の目覚めで悩んでいるなというのは感じていました。

その感覚が自分にはやってこなく、中学校3年生になった時、それを乗り越えて他の子たちが大人になっていくような気がしました。

不登校になる前までは違和感は感じなかった?

そうですね。行かなかった時の自分を美化しているのかもしれないんですが、それまでは感じなかったんですよね。

ただ、元々人に合わせすぎてしまうところがあって、そこで疲れたりはしていました。

学校に行かない間も同級生と接していたのに、周りとの精神年齢のズレを感じた?

確かに友達と接していた部分では、成長したなと思うところがあるんですが、授業や部活に出ない間に差がついてしまったのかなと思いました。

具体的にはどういうところで感じた?

周りの子たちは、大人と対等に喋れるようになっあり、人と接する時の距離感をうまく保って付き合うことが出来たりするようになっていった感じです。

それが自分は出来なくて、学校を休んでいた時の周りとの差が出ているのかなと思ってしまっていました。

人と接している時間が、他の子たちよりも少なかったのが原因なのかと考え、周りの子たちが高校受験で勉強をしている時に、受験よりも人とコミュニケーション能力を上げることに時間を割きました。

例えば、部活が卓球部だったんですが、部活を卒業した後も、学校外の卓球クラブに週6回通いました。

意味があったのかなかったのかは実際にはわからないんですが、高校に入った時に少しは大人になれた気がしました。

「学校に行かなくていいよ」という言葉を掛ける難しさ

石橋さんは不登校を経験した2年間の周りとのズレを強く感じていました。自我の目覚めや、思春期の成長の速度は人によって違ってきます。速度が早いか遅いかに関して、不登校を経験したからか果たして周りとのズレが出たのかはわからないです。

逆に不登校を経験していない人でも、周りとの精神年齢の差を感じたことがある人はいるのではないでしょうか。

兄弟のどちらかが不登校になり、続けて別の兄弟が不登校になることはよくあることです。そこを親御さんが心配するる事例は多いです。

学校に行きたくないという子どもを無理強いしして行かせるのはよくないことです。

ですので、学校に行きたがらない子どもに対して、「学校に行かなくていいよ」という言葉を掛けることは大切だと言われています。

ただ、その言葉を掛ける前に、事前に子どもとコミュニケーションをとることが更に大切です。今回インタビューさせて頂いた石橋さんは正にそのパターンです。

後編では学校に行けるようになったけど、周りとの時差を感じ違和感を感じ葛藤した石橋さんが、どう乗り越えていったかをお伝えします。

<石橋 秀一朗>

小学校時代2年間不登校を経験、その後復帰し、中学、高校、短大卒業して、現在半導体製造装置のフィールドエンジニアとして勤務。







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