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不登校は面白い人生の幕開けだ

先生がきっかけの不登校 アメリカと日本の違いとは?【前編】

佐々木 友厚

今回インタビューをさせて頂いたのは、明治大学に在学中の佐々木友厚さん。爽やかな好青年の印象ですが、かなり長い期間不登校を経験しています。前半では不登校時代のお話を聞きしました。

ルネサンス高等学校

不登校だった時期は?

小学校5年生から行けなくなりました。家にいることが長かった期間はそこから高校1年生までですね。

不登校になる前まで学校に対する苦手意識はあった?

苦手意識はずっとありました。5歳から8歳までの3年間、アメリカに住んでいたんですが、その頃から学校自体は嫌いでした。

日本の学校とアメリカの学校の違いは、僕の通っていた学校だけかもしれませんが、授業の合間の休憩時間がない分、昼休みが日本の学校よりも長いという感じでした。

日本の小学校に転校してきて感じたのが、子供だけのグループがあり、それが良い意味で新鮮でもあり、悪い意味でカルチャーショックでした。

アメリカの先生は、日本に比べて先生がフレンドリーで、子供目線で接してくれる方が多く、授業の合間の休憩がなので、常に生徒のことを見守ってくれているという感覚がありました。

それに比べて、日本の先生は権威があるポジションのようで、上から目線で理不尽に怒られることがあったので違和感を感じました。

理不尽に怒られたと感じたこととは?

アメリカと日本の文化の違いに対して、知らないことなのに怒られるのが嫌でした。

例えば、ポケットに手を突っ込むことに対して、アメリカだと何も言われなかったんですが、日本だとすごく怒られました。

後は、言葉がわからずに友達のことを「お前」と言ったら、「お前って友達に言ったらダメだろ」と怒られたりしました。

日本に転校してきて初めの学校は、そんなことがありつつも、嫌々ながら学校に通っていました。

そんな中、小学校5年生で転校することになりました。

転校してから不登校に?

はい、転校して直ぐの頃、またもや先生に理不尽に怒られることがありました。

転校したばかりなので友達がいなかったことや、元々学校が嫌いだったことが重なり、そこから学校に行けなくなりました。

どのようなことで怒られた?

確か水泳の時間だったと思うんですが、転校したばかりだったので、持っているはずのない持ち物を持っていないことに対して怒られました。

生徒の人数が多かったので、先生は転校生ということを理解していなかったんだと思うんですが、それが怖くて次の日から学校に行けなくなり、それが続いて不登校になりました。

今振り返ると、良い先生だったんだとも思うんですが、ヒステリックに怒る方でしたね。

そこから高校生まではずっと家に?

そうですね、ほぼ家にいました。家では漫画を読んだり、本を読んだり、テレビを見たりしていました。

人と接するのは家族か祖父母くらいでした。

中学校の頃に、市が運営している、適応指導教室のようなところに通いながら出席日数を担保していました。

不登校の時に親はどのような対応を?

親は自分が元々学校が嫌いなことを知っていたんですが、それでも精々、他の子が「学校に行きたくないな。面倒くさいな」というレベルで、まさか不登校になるとは思っていなかったみたいです。

なので、転校して学校に行かなくなったのは相当びっくりしたみたいでした。

不登校になって1ヶ月以内の頃は、何とか学校に連れて行こうとして、学校まで一緒に付いてきてくれたり、車で送ってくれたりもしました。

それでも嫌だということをわかってくれて、親もこれは一度向き合わなければいけないと感じてくれたみたいです。

行きたくない理由を母親と話しながら、母親自身もカウンセラーや色んな人に会っていました。

1年位経つと、親も「しょうがないのかな」と思ってくれたのか、無理強いはせず、逆にどうすれば良いのかを調べてくれるようになりました。

「こういったカウンセラーの先生がいるよ」とか、「出席日数を担保してくれるところがあるから行ってみよう」とかを提案してくれました。逆にそれがなかったらきつかったのかなと思います。

母親には特に迷惑を掛けたと思っています。

勉強はどうしていた?

不登校期間は勉強はあまりしていくて親がたまに見てくれたぐらいですね。

「最低限の勉強はしておきなさい」と親から言われていていたので、中学校1〜2年生の頃はしていたんですが、中学校3年生の夏ぐらいには、受験は無理だと感じ始めて、本当に必要最低限の勉強しかしていないです。

高校受験をしないことに対して将来の不安感はなかった?

めちゃくちゃ不安でしたし、何にもなれないんだと思ってましたけど、それでも学校に行きたくないという気持ちが強かったんです。

勉強するということが、学校に行くということに対して繋がってしまっていたので、当時は勉強をあまりしなかったんだと思います。

その後は高校に進学はしなかった?

親の仕事の都合で、東京への転勤が決まり、残るか行くかという話になりました。ここに残ってもしょうがないから東京に一緒に行くことになりました。

東京に引っ越してきて、親と話し合った結果、通信制高校に通うことになりました。

大人が子供を対人間として見る力が不足している

アメリカでは先生との繋がりが横の繋がりのようですが、日本では先生と縦の繋がりで社会でも縦社会です。

子供でなくても、対大人同士でも理不尽に怒られることは嫌な思いをします。子供・大人と分けて接する前に、対人間として見る力が足りないことが、大人よりも純粋な子供を傷つけてしまうという恐れがあるということを知っておく必要があるのかもしれません。

ルネサンス高等学校

<佐々木 友厚>

明治大学国際日本学部在学中。大学1年の時に学生団体AIESECの明治大学支部に所属。海外のインターンをしたい学生と日本の企業をマッチングするサービスを行う一員となる。







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