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3度の不登校 中学生の女の子独特の陰湿ないじめ【中編】

KIRI

幼少期の複雑な親子関係で苦しんだKIRIさん。中編では中学校時代の3度の不登校をインタビューしました。※前編はこちら :虐待されている子は自分を責めてしまう【前編】

ルネサンス高等学校

ー中学校はどんな感じだった?

地元の公立中学校に進学したんですが、やんちゃな子が多く評判の悪いところでした。

元々、こういう両親に育てられているので、正義感と責任感の強い子だったんですよね。

スパルタ教育の一環で漫画もゲームもテレビもダメだったんですよ。

ーテレビも見れなかった?

テレビは夕方6時までは大丈夫だったんですが、そうすると教育番組しかやってない時間帯なので、歌番組なども見れないので、芸能人も全然知らない状態でした。

ゲームは、ゲームボーイすら知らないし、マリオカートすら出来ないみたいな子どもでした。

ー友達との会話の話題は見つけれた?

いえ、だんだんと周りの子と話が合わなくなっていきました。

それもあるし、真面目だったので冗談が通じない子でした。

だから、普通だったらみんなが冗談で言い合って、笑い合うようなことにも真面目に受け取って、傷ついてしまうみたいな感じでした。

でも行動力だけは昔からある子だったので、自分から仲良くなりたいなと思った子には、近づいていけるところがありました。

ー問題なく学校に通えていた?

中学校の最初の頃は、特に問題はなく行けてたんですよね。

でも中学校ってグループとかが出来てくるじゃないですか?

派手なグループの子や、地味なグループの子たちに分かれていくみたいな…。

私はどちらかというと、地味なグループの方だったんですが、物怖じしない性格だったので、グループに関係なく色んな子たちと接していたんです。

何でグループに分かれなきゃいけないのか疑問に感じていました。

でも、次第にグループでネチネチ色んな人の噂をしたりとか、このグループだからあの子と仲良くしたらダメだとか、そういうところにはうまく適応出来ませんでした。

それに相まって、自分の中での気付いていない、幼い頃からの歪みみたいなものが出てきて、中学校1年生の2学期くらいに行けなくなりました。

でも最初の不登校は短くて、冬休みに明けの新学期をきっかけにまた通えるようになりました。

ー通えるようになった理由は?

地元が九州なんですが、冬休みに四国と北海道の子たちと一緒に、北海道にある少年自然の家で交流をするという企画に参加しました。

子供たちだけで何泊かしたんですが、そこでは本当に自分らしくいることが出来ました。

それをきっかけに、自分の中で少し元気になり、また学校に通えるようになりました。

今思うと自分の居場所を複数持つことの大事さに気づけたのかなと思います。

世界は学校だけではないんだということに気づけたというか。






ーその後は学校に通えた?

小学校2年生の頃に仲良くしていて、親の転勤で離れ離れになった子が、中学校2年生の頃に帰ってくることになりました。

その子とは喧嘩ばかりしていたんですが、年賀状や文通などで交流が続いていたんですよね。

自分の中では、離れていてもずっと繋がっている友達だったので、戻ってくることがすごく嬉しかったんです。

戻ってきて、最初の頃は良かったんですが、その子は簡単な言葉でいうと派手なグループの子たちと一緒にいたかったというか…。

私はイケてるグループではなかったので、私と仲が良いと思われたくなかったんだと思います。

ある時、人伝いに「いやいや、あの子は親友ではないし」と言ってたというこを聞いてすごくショックを受けました。

仲良くしていたのに、裏ではそんなことを言ってたんだと信じられなくなりました。

中学生の女の子って、そんな子ばかりだったので、女の子が大嫌いになってしまいました。

さっきまで悪口を言っていたのに、その子が来ると、途端に態度を変えたり…。

嫌いなら仲良くしなければ良いのにと思っていました。

いじめや仲間外れにされたりということもありました。

何人かが仲良さそうに喋っているところに、自分が入っていくと急に黙って、意味深な目配せをして散っていくみたいな仲間外れにされ始めました。

女の子独特の雰囲気で醸し出すというのがあるんじゃないですか?

今にして思えば、その子たちの中で何か理由があったのかもしれないし、誰でも良かったのかはわからないんです。

部活でもグループのどこにも所属出来ませんでした。

部活自体は専念すれば良かったんですが、休みの日とかもお昼休憩とかを挟むと、お弁当を一緒に食べる人がいないんですよね。

誰もグループに入れてくれないし、その空気を感じ取ってるから自分からも行けない。

1人で食べる場所がないからお弁当をトイレで食べてたりもしたんですよ。

そういうことが重なり、中学校2年生の2学期頃からまた行けなくなりました。

ーその後はどうした?

9月ぐらいに親から転校の話が出たんですよね。

うちの親は、小さい時のことがあったので、学校に行けとは一切言わなかったんですよ。

でも子供ながらに、そこまで裕福な家だとは思っていなかったので、転校するかと聞いてもらえるとは思ってなくて。

変われるなら変わりたいと思いそのまま転校が決まりました。

転校先は、女の子が大っ嫌いなはずだったんですが、私立の女子校に転校したんですよね(笑)

そこは県内でも、お嬢様学校として有名なところだったんですが、通っていた公立中学より私立の方が近かったんですよね。

子どもの時に、その学校に通うお姉さんたちに憧れていたんで、その時は純粋に行けることが嬉しかったです。

転校して最初は、自分の中でお嬢様学校というイメージがあったので、馴染めるか不安でした。

実際に行ってみたら、外で言われている女子校の実態ってぜんぜん違うんですよね。

女の子しかいないから、みんなすごい素直だし優しいし、性格もサバサバしていて、こんなに違うのかというくらい違いました。

不思議な話なんですが、私は女子校に行って女の子嫌いが治ったんですよね。

しばらくは、普通に楽しく学校に通えたんですが、自分でも何で行けなくなったか記憶が曖昧なんですが、中学校3年生に上がると、ちょっと鬱っぽくなってしまいました。

何かが起きて嫌だったんではなく、ただ体がダルくて動かないという時期がありました。

いじめが原因じゃない不登校の時期もありました。

それは時間が解決してくれて、無事に中学を卒業し、そのまま持ち上がりで高校に進学をしました。

ー高校には無事に行けた?

高校に進学する時に自分の中で変わろうと思ったんですよね。

簡単に言えば高校デビューに近いというか。

その時の自分は「なりたい自分を演じてた」んです。

大人になってコーチングの勉強をしている時、その時の自分と一緒だということに気付いたんですが、まずはなりたい自分を演じて、その姿に本当になっていく。

転校して明るさは取り戻していたんですが、何か一つ自分の中で大きく変えたいと思いました。

存在感があって、明るくて元気で、自信があってみたいな人に憧れていたので、自分もそうなりたいと思ました。

引っ込み思案な性格だったのを、人前で積極的に行動や発言をしていくことにしました。

学級委員とか色んなことを挑戦するようになり、段々存在感がある思い描いていたタイプになっていったんですよね。

中学校2年生の転校前に、自分はなんとなく周りの子達と違うんだと気付き始めて、自分が不適応ということを自覚して、なんとなく学習していくわけですよ。

こういうことを言ったらいけないとか、同世代のノリが最初はわからないから、何が面白いかもわからなったんですが、これを言ったら正解だというのを学習していくようになりました。

なんて答えたら相手が嬉しいのか考えて発言していましたね。

女子独特のいじめ

男の子の暴力や目に見えたいじめとは違い、女の子のいじめはとても陰湿です。

いじめられていなくても、繊細な子はその雰囲気や、いじめられている子を見るのが嫌で傷ついてしまう場合もあります。

<KIRI>

幼少期よりダンスを始める。
専門学校への進学、NY短期留学を経て、モダン、バレエ、Jazz、Hip Hop、TAP、またミュージカルや芝居も学び幅広いジャンルを身に付ける。
上京後は舞台やダンスイベント、TV出演、バックダンサー等の経験を積み、所属するダンスチームで結婚式フラッシュモブや介護福祉施設への訪問等も行う。
現在はエンターテイメント系大手企業の仕事を主に、インストラクターやイベント出演等の活動も続けている。

ルネサンス高等学校



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不登校生の一番の理解者は、元不登校生です
私たちも味わったその経験を、現在の不登校生にお話します。

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