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不登校は面白い人生の幕開けだ

5年間不登校 先生が居場所を作ってくれた【前編】

東京学芸大こども未来研究所研究員 村山大樹

今回インタビューさせていただいたのは、東京学芸大こども未来研究所に研究員として所属されている、村山大樹さん。学習が困難な状況にあるこどもたちへの学習環境づくりや幼児教育におけるICTの活用などを研究されていらっしゃいます。不登校があってからこそ進まれた道。その全貌をインタビューさせていただきました。

ルネサンス高等学校

ー学校に行かなくなったになった時期はいつ?

小学校の5年生の秋口から高1の秋まで約5年間ですね。がっつりとこもらせて頂きました。

ー学校に行かなくなったきっかけは?

これっていうドカンとしたものがなくて、色んな物が絡んだんですが、自分の中で自信を失ったというのがすごく大きかったです。
器械体操をずっとやっていて、いわゆる選手コースを習っていたんですが、コーチとうまくいかなくなって、止めるか止めないかで揉めて結局やめることになりました。

そこの時点でちょっと落ち込んでたんですが、そのタイミングでクラスでいじりとかがグルグルまわってました。そこで自分がターゲットになり、弱っている時にダメージを受けて気持ちが沈んでしまいました。

今思い返せば、自分だけというわけではなかったんですが、それがあり休んだり行ったりを繰り返し始めました。担任の先生も、そういうことにあまり理解のない方で、そこともぶつかってしまい、パタンと行けなくなってしまったんです。

ー担任の先生はどのような反応を?

どちらかというと、やられるあなたが良くないという考えの方で「休むこと=悪」みたいな先生でした。学校に来ないことが理解出来ないという感じでうまくいかなかった。

ーそれに対しての親はどんな対応を?

休み始めたりした時期は、だいぶぶつかりましたね。1〜2年間は朝、相当バトルしてました。

学校に行けなかったのに先生が作ってくれた居場所

東京学芸大こども未来研究所研究員 村山大樹

ー中学校はどうだった?

中学校で環境が一回変わったんで、中学1年生の1学期はなんとかやりくりしていました。ただ、それまでの人間関係をうまく作れていないので、行き辛さを常々感じていて行けなくなりました。

担任の先生が、1〜3年生まで受け持ちでもって下さって、その先生にすごい感謝をしています。
その先生が、ずっと支え続けてくださったので、なかなか行けないけれど、学校の情報が入ってきたりしつつという状態でした。

そのまま1年生は終わってしまったんですが、2年生の時にその先生が陸上部を立ち上げて、そこに入れてもらいました。2年生からは、授業には出れないんだけど部活には参加させてもらった感じです。

すごい特例だとは思うんですけど、相当先生が頑張ってくれたんだろうなと。

ー部活には行けた?

部活にはなんとか。
最初は騙された感じではあるんですが、土日の授業がない時の練習から、ちょこちょこ顔を出せるようになって、そのうち平日にも行けるときには行ってという感じの生活をしていましたね。

ー陸上部のメンバーと仲良くなったりした?

遊びに行ったりまではいかないですけど、陸上はどうしても個人競技の部分があるのと、割と練習きつい感じだったので黙々とやっていました。
そこが唯一、学校の中で居場所を確保してもらえたという感じですね。

ー居場所があったのは大きかった?

そうですね、今は適応指導教室とかフリースクールとか世の中に広まってきていますが、まだ私の時はそこまでそういうところの理解が進んでいなかったので。学校に行けないと居場所がないみたいな感じで、自分がいて良い場所が初めて出来たような感じです。

ーその間は勉強とかってどうしていた?

勉強は・・・ですよね(笑)ほとんどしてないです。

ただ小学校の時から、教育委員会の中の当時は生徒指導部門なのかな?
派遣で来て下さる先生がいらっしゃって、今だと学生のメンタルフレンドがあるんですけど、そうでなくて現職の先生が来て下さっていました。

その先生も私の人生の中では大きな先生なんですが、週1回ないしは隔週来て下さり、勉強も月1〜2回くらい学校の授業の様な感じではなく、興味のあることを教えてもらってました。

ー小学校も先生が来てくれた?

そうですね、小学校の間もずっと来てくださってました。

ー先生が家に来ることに抵抗っていうのはなかった?

最初はだまされたんですよ(笑)
すごく鮮明に思えているんですけど、母親が今日は知り合いが来ると言って「◯時からくるからそこの間は部屋にいていいよ」って言ってて、その1時間前に先生がきてバッティングするという流れでした。事故的に会ってしまうみたいな。

先生とは知らずに、母親の知り合いだと思っているんで。自分の部屋に行こうとしたら「いていいよ」と引き止められてなすがままでした。

「学校に行けということを言いにきたわけではないよ」というのを伝えてくれたので、びっくりしたけどショック療法みたいな感じです(笑)






ありのままを受け入れてくれた友達の存在

東京学芸大こども未来研究所研究員 村山大樹

ー高校はどうした?

高校はサポート校に行きました。

ーサポート校っていうのは定時制高校とはどう違う?

サポート校の役割というのは、そこに通って授業を受けて、テストとかレポートとかを出すと、そこと提携している定時制高校の卒業の資格がもらえるというものです。
定時制高校を卒業するためのサポートをしてくれる学校っていう風に捉えて頂けるといいのかなと。普通の学校の様に授業が曜日と時間で組まれています。

ー毎日ではない感じ?

基本は毎日でした。でも単位制みたいな感じで、3年間で卒業しない子もなかにはいました。
元々不登校の受け入れとか、漫画家コースや声優コースなど色んなコースがあるところだったので、自由に自分の好きなタイミングで通えました。

ー高校1年まで不登校だった?

高校に入って最初は通ったり通えなかったりリハビリ期間でした。11月くらいに学祭があり、仲良くなって受け入れてくれる友達が出来ました。
その子たちと今でも付き合いがあるんですけど、初めて友達とカラオケに行ったり、バンドを組んだりして、そこで仲良くなり後は通えるようになりました。

ー不登校期間は何をしていた?

時期によってバラバラでした。なりたての頃は絶望的な感じで、何もやる気がおきない感じでした。起きてる時は、何で自分は学校に行けないんだとか、こんな自分は人生終わりだとかそんな風に考えてしまうか、寝るかどちらかという感じで何もしていませんでした。

後はプチ自殺をよくしていました。ひたすら息を止めてみたりだとか、絶食をしてみたりだとか。

ー絶食もしていた?

何回もやってるんですけど、2〜3日で耐えられなくなって。他の元不登校の子たちの話をきくと、結構あるあるで「プチ自殺何やってた?」みたいな話題になります。危ない方でいくとリストカットとかになるんですけど、息止めと絶食は割とみんな結構やってたりします。

今は笑い話で話せますけど、当時はそれをやって叶わなくて、死ぬことすら出来ない自分を余計に攻めて、悪循環でした。ひたすら負のスパイラルに陥っていく感じでした。

先生が来てくださるようになってから、将棋を教えて頂き、他にもちょっとしたカードゲームとかも教えて頂きました。教えてもらったことを、練習するじゃないですけど1人で並べてみたりとかして、徐々にやれることが追加されていきました。

寝てる時間を出来るだけ少なくするようにしていった感じです。

ー生活のリズムは普通に?

よく昼夜逆転しちゃって困るって方もいらっしゃると思うんですが、そこは母親がすごく厳しかったので、それはあまりなくて、朝は起きて朝ごはんだけは食べろと言われていました。
その後は、お昼に寝るかもしれないけど、とりあえず朝は起きて夜に寝るという生活だけはしていましたね。

中学生くらいになると、テレビゲームが流行ってた世代になるので無駄に強くなってたりはしましたね。

ー高校の学祭で完全復帰出来たのは何故?

友達が必ずいてくれるというか、認めてくれる友達が出来たというのはかなり自分の中で大きかったです。
それまでは、同級生とちゃんと友達になれるかというのがずっと不安があり、人間関係の作り方がわかっていなくて。余計な一言を言ってしまったりとか、求められているのにこっちから会話を返せないとかがあって「今のままで大丈夫だよ」っていう友だちが出来たのは大きかったのかなと。

ー友達とは共同作業をして仲良くなった?

そうですね、学祭で出店を出す作業をずっとして仲良くなりました。
元々、サポート校が不登校の子を多く受け入れたり、ちょっとつまずいたりした子が多いので暗黙の了解で「踏み込みすぎないし、踏み込ませすぎない」みたいなのがお互いわかる中で関係を築けたので。
復帰のきっかけは何かをぱっと一言で答えるとしたら「友達が出来たことです」と答えるかな。






学校の先生の優しさや、ありのままを受け入れてくれる友達の存在

かなり長期間引きこもっていた村山さんですが、色んなことが絡んで学校に通えるようになりました。村山さんのために考えてくれた学校の先生による訪問や学校以外の居場所作り。ありのままを受け入れてくれる友達の存在。そんな周りの温かいフォローや環境が伝わってきました。一つ一つの言葉に重みがある村山さんの復帰後の人生を中編ではお伝えします。

<村山 大樹>
文教大学教育学部卒業後、文教大学大学院教育学研究科修了。「公立中学校における授業動画配信システムの構築」や「不登校対応における直接的コミュニケーション促進のためのICT活用」を研究。現在は東京学芸大こども未来研究所研究員。NPO法人eboard立ち上げメンバー。

ルネサンス高等学校



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